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 見沼自然公園。さぎ山記念公園と隣り合っていてほとんど一つの公園のようになっている。
 浦和などから果てしなくバスに乗って行く。
 多分、バスで来る人はあんまりいない。わたしたちはそのパターンが非常に多い。電車・バスで来る人がほとんどいないところに車ナシで遊びに行くパターン。
 今回も写真はkiwi氏。
 そして野鳥の名前は間違っていたらゴメンナサイ。

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 オナガガモのオスメスメスと奥にヒドリガモのメス(たぶん)。

 見沼自然公園はすごく良い場所だ!
 我が家からだとそれほど遠くないし、アクセスの不便さ以外は言うことなし。気軽に歩けて野鳥の種類も多い。素晴らしい。

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 ヒドリガモやんねぇ?

 浦和からバスで30分以上かかったけど、あれは多分乗ったバスが悪かった。大分遠回りしていた。

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 ヒドリガモやんねぇ?

 kiwi氏によると、前にここから大宮まで歩いたことがあったらしいけど、記憶があいまい。
 なんか以前はとにかく沢山歩かないといけない気がしていて、無理に一緒に歩いたように思う。ごめん。

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 オオバン。

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 ヒドリガモやんねぇ?

 ヒドリガモはアメリカヒドリの交雑種みたいのとか微妙なのもいて、いつもよくわからない。いつまでも素人。

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 ヒドリガモやんねぇ? ヒドリガモじゃないの?

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 ヒドリガモ。そうそう、こうやってカップルでいてくれると大分助かる。

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 オオバン。くちばしが白いのがオオバン、赤と黄色なのがバン。いつも忘れる。

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 メジロ。

 メジロはわたしが幼稚園の時、朝ごはんを食べていたら窓ガラスに激突して失神していたことがあった。
 その後家で飼っていたのだけれど、今思うと違法じゃないかと思う。一羽だけならいいんだっけ。
 Wikipediaを見たら「飼養登録手数料を支払えば、1世帯あたり1羽のみ飼育が許可」だったらしいし、多分そんなもん払ってないと思うから、やっぱりアカンかったんやろな。ごめんなさい。
 今は全面禁止らしい。鳴き合わせとかする人らがいるし。
 今でもメジロは実家の庭によく来るけれど、普通に家の中から観察して楽しんでいる。

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 シジュウカラ。

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 カモカモExile。

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 コガモ! コガモは大体ひとりぼっち。

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 シメだ!

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 シメ!

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 シメ!

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 シメ!

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 そしてカワセミ! やった!
 地元っぽい奥さんが写真を撮っていて気付いた。あの人よく見つけたなぁ。
 大砲レンズじゃなくて高倍率デジカメだった。あのくらいのつつましい写真の撮り方をしている人には好感が持てる。
 鳥を見つけるには、鳥おじさん鳥おばさんを観察した方が早い。

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 カワセミ。

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 カワセミ。
 こんなに近くで見たのは初めてかもしれない。

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 オナガガモがちびっ子にエサをもらっている。
 オナガガモはカルガモ、マガモに次いで堕落度が高い。

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 セグロセキレイ。

 見沼自然公園は野鳥も多いしワンワンの散歩も沢山いるし、大変素晴らしい。
 そして帰りがけに、常連らしい犬軍団の人たちに会った。その中の一人が、バーニーズマウンテンという、バカでかいクマみたいな犬を連れていた。
 バーニーズの人は、犬連れ軍団の中でもなんか権力ある感じがする。体重比で小型犬20匹分くらいあるしな。
 飼い主のおじさんもいかにも仕事が出来そうな押しの強い人で、話しかけたらめっちゃ語ってきた。昔は「セドリック一台分」くらいしたらしい。
 お医者代とかもすごいらしいし(薬の量が体重で決まる)、お金ない人には飼えないわな、確かに。
 大きい犬は好きだけど、あんまりお金持ち趣味な犬は要らないなぁ。無駄にデカイだけの駄犬がいい。

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 お正月、善福寺公園。
 吉祥寺から歩いて、帰りは西荻窪から戻る。
 写真はkiwi氏。
 野鳥の種類は例によって間違ってたらゴメンナサイ。

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 右がコサギ、左は多分ダイサギ。
 ダイサギとチュウサギは遠くからだとほんと区別がよくわからない。黄色い線が目の後ろくらいまで伸びてたらダイサギだけど、遠くてよく見えない。

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 オナガガモ。

 この近くの小学校の前に、「学校に来る野鳥」の写真が掲示してあった。
 その中に「シラサギでーす」みたいな文句があったけれど、シラサギという鳥はいない。白いサギ類がいるだけだ。
 まぁでも、大体そんなざっくりしたもんでいいんじゃないの。
 正式名称にしたって「クロサギの白色型」とか意味がわからん。行き当たりばったり感がすごい。

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 キンクロハジロなど。

 以前に世田谷区に住んでいた時、この辺まで歩いたことはある。小奇麗なエリアだし、都心からの距離の割に自然は多い。散歩するには良いところだと思う。
 そういえば、神田川を芦花公園から高田馬場まで歩いたり、玉川上水を源流まで遡ったこともある。
 玉川上水がどこから来るのか見てみよう!一人企画の時は、十時間くらい歩いて羽村の多摩川に辿り着いた時は真っ暗だった。

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 オナガガモーず。

 前に善福寺公園に来た時にバスの転車台があったような気がして、「ここだったかなぁ、違う場所と勘違いしてるかなぁ」と話していたら、珍しく記憶が合っていた。
 この近くに珍しい?バスの転車台があって面白い。

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 ゴイサギ。

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 ゴイサギ。

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 バン。

 前に来た時、バンを見ていたら通りがかった奥さんに「あれなんて鳥?」と聞かれ、「バンです」と言うと、「バン!バン!」と声をかけていた。
 バンは呼びかけに向かない。
 というか呼んでも来ない。
 大体、バンは種類の名前だからソイツの名前じゃない。
 多分、そのバンにも個人の名前があって、それで呼んだら振り向くのだけれど、その名前は鳥と神様しか知らないので人間には呼べない。

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 マガモ。

 なぜか善福寺池にはマガモがいなくて、ちょっと離れた善福寺川沿いにいた。マガモなんてどこにでもいるような気がしていたけれど、池より川が好きなのだろうか。

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 2015年年末の上野不忍池。
 久しぶりに行ってみたら、結構楽しかった。
 例によって野鳥の種類はおぼつかないので、間違っていたらゴメンナサイ。
 写真はkiwi氏撮影。

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 ユリカモメ。
 カモメは世間的なイメージと違って、結構意地汚いというか、行動を見ているとあんまり美しい感じはしない。色が白いからなんとなくイメージが良いけれど、やってることはカラスに似ていると思う。

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 オナガガモのメス。

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 ばしゃばしゃー。

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 さて、エサやり風景。
 不忍池では野鳥のエサやりは禁止されていて、実際、見ている間にも管理の人?が通りかかって「エサやらないでね」とやんわり注意しているのだけれど、実際は結構色んな人がエサをやっている。
 野鳥のエサやりについては色々な意見があって、最近は必ずしも「断固禁止」という訳でもない。
 最近某所で紹介した三上修さんの『身近な鳥の生活図鑑』でもこの問題に触れていて、都市部では禁止されている場所を除いてそれほど神経質にならなくて良いのではないか、というようなことを書かれていた(実際はもう少し細かく分類して扱っている。センシティヴな話題なので慎重な扱い方)。
 自然豊かな地域ならいざしらず、東京のど真ん中で、既に都市に適応した野鳥に対してエサやりを禁止してもあまり意味がない、ということのようだ。むしろ市民が野鳥と触れ合う機会にもなるし、子供がエサをやるくらい多目に見てあげた方が結果的に野鳥の保護にもつながるような気がする。

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 まぁ、都内のいくつかのスポットでは、それにしたってさすがにやりすぎ、という感じにはなっている。
 不忍池の野鳥も、もう野生の欠片も残っていない。スズメやハトならいざしらず、オナガガモなどもすっかり家畜のようになっている。
 明治神宮でもヤマガラが手にとまったりしている。
 最低限、エサをやるなら陸上で、くらいは守った方がいい。水にエサが入ると水質が汚染されて問題が大きくなるようだ。

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 それよりも気になるのは、エサやりにはエサやり依存的な人がまま見られることだ。
 特に不忍池などでは、鳥にエサをやることでなんとか精神のバランスを保っているような雰囲気の人たちもいる。そういう気持ちも理解できる。
 人は誰かにエサをやりたくなる生き物なのだ。
 エサをやることで全能感を得るとか自らの価値を確認する、といった安っぽい説明もできるし、まぁそういう面もあるだろう。
 しかし誰かを「世話する」というのは、単に自分が上とか下とかいう話ではなく、自分というものを世界と結びつけるような働きがある。
 子はかすがいと言うけれど、それは単に夫婦の間のかすがいというのではなく、世界と自分との間をとりもつようなところがある。
 世話をしてかすがいになれるのは子供だけではない。
 鳥にエサをやることで、やっと世界にギリギリ触れているような人たちがいる。
 そういう人たちから、無闇にエサやりを取り上げてしまうのもどうかと思う。

 以前、海外の動物愛護団体が、ホームレスから犬を取り上げている映像を見た。
 確かに、この犬の飼育環境は良好とはいえないだろうけれど(なにせ飼い主にも家すらないのだから)、犬をとりあげられた老いたホームレスは涙すら流していたのだ。
 そんなにまでして、小奇麗な「ちゃんとした動物との接し方」を通すことが、安全圏リベラルの傲慢でなくてなんであろう。
 地球環境や動物愛護の前に、わたしたちは地べたを這うようにして、惨めに地に落ちた僅かな愛を糧にして、虫のように生きているのだ。

 わたし個人は野鳥にエサをやらないし、一部の都市エリアを除いて、できることならやらない方が良いことかと思っている。
 でも、エサをやってやっと生きているなら、地球環境も動物愛護も社会のルールも踏みにじって、圧倒的に暴力的にエサをやったらいい。
 わたしたちは、そういう狂った愛で病的に世界と交わっている。エサをやろうがやるまいが、わたしたちはそうやって狂おしくもこの世を駆け抜ける。
 どのみちそんな小奇麗な連中が彼・彼女らを守ってくれるわけではない。
 柵を越え、道を横切ってエサをやればいい。

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 たぶんセグロカモメ。

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 変わった柄のドバト。

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 ゴイサギ。
 コイツを見るといつも「ギュッとなっていてバッジみたい」と思うのだけれど、kiwi氏に言うと「意味がわからない」と言われる。
 バッジみたいだよねぇ。

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 ハシビロガモ。
 カモの中でもひょうきんで好きな種類の一つ。

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 たぶんセグロカモメ。

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