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機材

台湾1/6:金瓜石鉱山、十三層遺跡(金瓜石十三層遺址)
台湾2/6:九份、基隆
台湾3/6:三峡、鶯歌、龍山寺
台湾4/6:西門町、頂好、台北101
台湾5/6:菁桐(平溪線)、 青桐炭鉱
台湾6/6:十分(平渓線)、新平渓煤礦、十分瀑布

台湾三日目後半の平渓線観光、終点の菁桐から少し戻って十分へ。
十分車站(シーフェンチャーヂャン)は平渓線で一番乗降数の多い駅。線路沿いに老街が広がり、屋台やお土産屋さんが軒を連ねる。


いきなり凄い人で少しげっそりする。屋台が並ぶのは良いけれど、ちょっとこの匂いにも食傷気味で、人いきれにやられそうになる。
しかし幸いなことに、人混みが凄いのは電車が着いたばかりの駅前だけで、他はほどほどにおさまっていく。


一応「線路内立ち入り禁止」の看板があるのだけれど、これほど有名無実な場所もない。もう、完全に線路内を使う前提で街が出来ている。線路ギリギリまでお店があり、皆んな電車が来るまで好き放題に記念撮影したり、願い事を書いた天燈(スカイランタン)を飛ばしている。


向こうに吊橋主塔のようなものが見えるので行ってみると、


カフェになっていた。
本当に廃施設の有効利用では台湾は最高である。


可愛いオブジェが並ぶカフェで、ここで食事をすることに。火鍋を頂いて、まあまあだった(これも店のせいではなく、わたしの好みの問題)。雰囲気はとにかく素晴らしい。


店自体が遺構を利用して立てられているのだけれど、この主塔、よく見ると昭和十一年竣工の文字が刻まれている。なんだかじーんと来て涙が溢れてきた。


陸軍省の文字。


よく今日まで建っていてくれたよ、ほんと。ありがとう。

さて、食事を終えて出発するも、とにかく皆んな天燈(スカイランタン)を上げまくっている。ここの名物なのだけれど、凄まじい頻度で空に昇っていく。




こんな風にハンガーにかけて書いている。


犬。


猫。


形だけの看板。こういう有名無実な感じはイイ。これくらいの緩さでいいのよ。

さて、ここから新平渓煤礦(新平溪煤礦、十份炭鉱、十分炭鉱)の遺構に向かって歩いて行く。遠くに建物跡が見え、結果的には駐車場奥から簡単に入れたのだけれど、最初反対の道に行ってアプローチがわからなくなり、地元の人に尋ねた。この人たちがまったく英語が通じず、スマホの翻訳機能を使って手振り身振りでやり取りしたのでとても楽しかった。


おおお!来ました!
選炭場のような施設、「洗煤場」「卸煤櫃」のような看板がある。

この施設の奥に、山を昇っていく長い階段がある。草に埋もれかけているし全く人気がないし、少し不安だったけれど登っていく。
すると上に、カーダンパー、チップラー、監量場などの施設があった。トロッコの転車場跡のような感じだ。


ラピュタのような世界で大興奮である。



日本語を含む説明板があって感激する。しかしこの看板自体がかなり朽ちている。





草の中に天燈(スカイランタン)の残骸が。他にもあちこちで見たけれど、これビニールとかで出来ているのなら結構なゴミバラマキではないかと思う……。


下の駐車場に戻ると、どうもこの建物は炭鉱博物館らしいのだけれど、その施設自体が既に廃墟になっている。
説明板などを付けて管理・観光化しようとしてくれているのは有り難いけれど、ビジネス的に成り立たなかったのだろう。
こういう「廃墟を利用しようとした施設自体が既に廃墟」パターンというのは結構見られて、廃墟ファン的にはなかなかの萌えポイントである。


また天燈が。しかも電線に引っかかっている。危ないでしょ普通に。

ここから歩いて十分瀑布(シーフェンブーブー)に。十分駅からだと徒歩30分くらいの距離。川沿いにぶらぶら歩いて行く。


遊歩道が整備されていて、のどかなハイキングですごく楽しい。


ゴイサギ。


ダイサギ? チュウサギ? 相変わらずよくわからないけれど、その辺の白いサギ。


瀑布周りの公園にある大小様々な馬。鹿や麒麟もいる。


来ました、十分瀑布。時間ギリギリでもう少しで閉門のところを滑り込んだ。落差20m、幅40m。なかなかの迫力。


いよいよ日も傾いてきた。


十分瀑布公園にあった可愛い地図。


これは橋梁跡だと思うのだけれど、小規模遺構。


さて、日がくれると十分老街はますます華やかになる。天燈が夕闇に映えて、凄い勢いでどんどん上げられていく。

見た目は素晴らしいのだけれど、軒先ギリギリを飛んで抜けるし大丈夫なのかな?と思っていたら、火が付いたまま落下するところも見た。

これ、事故とか起こってないのかしら。
わたしはこういうおバカな祭は多少の犠牲を払ってもガンガンやるべき、と思っているので、多いに応援したいのだけれど、このペースで飛ばしていたら万に一つの事故だってそれなりに起こるだろう。二十年後に生き残っているのか微妙なところだ。



猫を撮っている台湾少女。

この日はこのままホテルに戻り、深夜発の便の為に空港へ。帰りはちゃんとMRTでアプローチできた。
しかし夜の空港は飲食店がほぼ全滅、仕方なく地下のフードコートで唯一やっていた日本系丼チェーンで空腹を満たした。
やはり安い便で深夜着深夜発だと、色々と不便も多い。

それんしても、台湾の特に平渓線周りは本当に素晴らしかった! 田舎の風景が最高である。
正直、食べ物は口に合わないけれど、人も楽しいし景色も良いし、町中の人混み以外は大満足だった。

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さて、台湾三日目。平渓線(ピンシーシェン)に。
平渓線は台湾南部の山間を基隆河に沿って走るローカル線。日本統治時代に石炭輸送のために敷設されたため、沿線にはその遺構が数多く見られる。目的は勿論、この炭鉱遺構。

その前に、台北駅構内になるアートっぽいもの。


これ、首元のところからザブザブ水が出て来るかなりシュールな作り。


あちこちにある「歩きスマホ禁止」のポスター。

さて、台北から台鉄(TRA)で出発。どうでもいいけれど、TRAの駅はMRTに比べてなんか殺伐としている。国鉄っぽさ。特に台北駅の近くはしばらく地下で、駅も薄暗くてちょっと怖い。
平渓線は路線としては三貂嶺から菁桐までだけれど、乗り入れのような仕組み?で八斗子または八堵から出ている。でもなんとなく本当にそこから乗れるのか不安で、わたしたちの間では「瑞穂みたいなヤツ」と勝手に呼ばれていた瑞芳で乗り換えた。


これは乗り換えの時だったか、よく覚えていないのだけれど、どこかの駅での待ち時間に駅前で買ったアイスクリーム。切符を見せれば途中で一旦出て戻ってくることができる(一瞬だけだから?)。
このアイスクリーム屋さんは原宿あたりにありそうなめちゃくちゃ綺麗でオシャレな作りだったけれど、一つ400円くらいでなかなかのお値段だった。お店のトイレを借りる目的もあったので良いけれど……。

そんなこんなで終点の菁桐車站(ジントンチャーヂャン)に到着。


後で行くことになる十分と平渓でかなりの乗客が降りて、残ったお客さんが菁桐まで来る感じ。この駅の駅舎自体、日本統治時代の1929年に建てられたもので、台湾に現存する四つの日本木造家屋の一つだという。


いきなり線路の向こうにホッパー(石炭の貯蔵庫)がある。皆んなガンガン線路の上に出て記念撮影などしている。青桐炭鉱の遺構である。
ホッパーの脚の部分にぶら下がっているのは竹筒で、願い事を書いてぶら下げておく短冊的なもの。


そして反対側には、同じくホッパー跡をカフェに改装した施設がある。
廃墟をただ捨て置くのではなく、こんな風に活かす形で活用してくれているのは本当に嬉しい。中華民国万歳!

駅から少し行ったところに選洗煤場(選炭場?洗炭場?)があるらしいので歩いて行く。


なんだかレトロな感じのゲームだけれど、まだ新しい。確かに3Dだ。


歩いて行くうちにも遺構が見られる。


この内部がちょっとした休憩施設のように改装されている(もしかして住んでる?)。


上から見たところ。


河の中に主塔跡?のようなものも。


キチンと看板も設置されている。数人だけれど同好の士のような人々も見られる。


おお、現れました。


なんと、ここもカフェに改装されている。
廃墟ファン的には、廃墟をそのままに残して欲しい!という心理もあると思うけれど、こうして活かす形で残してくれるのがやはり一番良いと思う。いかに観光化と言っても、まったく役にも立たないものをただ保存するのはキツいし、人の創意工夫で撤去困難な施設が現役施設の中に取り込まれているのは面白いと思う。
日本でも大阪の西淡路高射砲陣地(西淡路高射砲台)のうように、どうにも撤去できない巨大なコンクリート施設が勝手に住居の基礎に使用される例がある。


こう、草むらの中にあるコンクリートが実に味わい深い。


大斜坑付近にあった施設。これも中に転用跡が見られる。


何か公の慈善団体的なものに見えるけれど、なんだろう。その施設も既に廃状態だけれど。


煉瓦遺構が数多く残る。
この付近は菁桐煤礦紀念公園と地図に表示されていて整備・管理されており、多少案内板なども見られる。今の塩梅くらいが丁度良いので、あまりゴテゴテと観光化はしないで欲しいけれど。






女の子たちが何やらきゃっきゃ言いながら撮影している。彼女たちとわたしたち、後は大きなカメラをぶら下げた男性二人くらいしかいない。






ぐるっと回って駅に戻ってきた。


あの貯水槽もかっこいい。SL時代に給水用に使われていたもの?と考えたけれど、鉄道詳しくないのでよくわからない。


例の願い事の竹筒。わたしたちも書いた。



駅のそばにあるカフェ。
とにかく菁桐は人も少なく緑が多く、野鳥の声、草いきれ、肌を刺す日差し、日陰の風、天国のように素晴らしい場所だ。


猫もお昼寝。

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台湾に初めて行ってきた。
機内泊含む「三泊五日」の旅程だけれど、極力旅費を削った結果、深夜着の深夜発となり、実質三日。これが色々大変だった。
まず、桃園国際空港から台北市内へは台北捷運(MRT)で行けるのだけれど、深夜着の便だった為これが使えず、バス待ちの長蛇の列に並んだ挙句、結局タクシーに。市内まで五千円くらいかかり、時間労力のロスを考えるともうちょっとマシな便にすべきだったかもしれない。深夜のせいか入国審査もやたら時間がかかり、1時間くらいかかった。
その為、ほとんど徹夜状態で初日の観光をスタート。

中山地区にとったホテル周辺から台北駅に向けて歩く。周辺は飲食店やマッサージ店の多い繁華街。


雰囲気としては、ちょっと前の日本と沖縄を足してニで割ったような感じ。先進国なので交通も便利で何も不安なく、しかも結構日本語が通じて、看板も漢字なので割合直観的にわかる。非常に楽ちんなのだけれど、犬が全然つながれていなかったり、おっちゃんがその辺でグダグダしていたり、程よい緩さがある。



レンジャーの人?が壁で訓練していた。これ、専用の施設ではなく普通のビルだと思うのだけど、こういうくらいの緩さが丁度良い。


というわけで台北駅から台鉄(TRA)に乗って瑞芳(ルイフォン)駅へ。
ちなみに台湾の地名は漢字音読みと比較的音に忠実なものと二通り読めてしまうけれど、音読みは勿論、カタカナ読みでも大概通じないので、漢字文化圏の伝統に則って日本語式音読みで良いのではないかと思う。けれどもその日本語式の読みも思いつかない無教養なワタクシたち、瑞芳のことは最後まで覚えられず「あの、瑞穂みたいなヤツ」と呼んでいた。




ごちゃごちゃとした町並みを抜けてバスターミナルへ。ここで金瓜石行きのバスに。
金瓜石はジングアーシーみたいな音らしいけれど、当然わたしたちにはわからず、日本語音読みでは「きんかせき」。しかしそもそもずっと瓜を爪だと思っていて「きんつめいし」と、もうさっぱり意味のわからない読み方をしていた。台湾の人、ごめんなさい。きんつめいし。

さて、バスにごとごと揺られていくと、金瓜石黄金博物館のところで何故かマイクロバスに乗り換えさせられる。よく飲み込めないまま言われるがままに乗っていくと、めちゃくちゃカッコイイ廃墟の横を通り過ぎる。「うおおおおっ!」と窓にかじりついている間に、バスは山を下って海の前まで来た。そこが終点で折り返すらしいけれど、わたしたちとしては廃墟が見たい。そこで運転手さんに「あの山の上まで行く方法はないのか」と英語日本語混ぜて尋ねると、どうせ帰り道なのでそのまま乗せていってやる、という。素晴らしい。中華民国万歳!
そしてめでたく一番山の上の「天空之城 十三層遺址」辺りまで戻り、そこから海までぐねぐねと歩いて下りてくることができた。

金瓜石鉱山はかつて東北アジア随一と言われた金鉱山。1890年(明治23年)に発見され、1895年(明治28年)からの日本統治時代に開発が進められた。金瓜石の住民は最盛期の1930年代半ばには15,000人にまでなり、1936年の採掘量は金5t、銀15t、銅11,000t。 1938年(昭和13年)頃の産金量は7万両を突破し、1939年の従業員数は9,448人(日本人747人、台湾人6298人、大陸の温州、福州などから来た出稼ぎ労働者2443人)に膨れ上がった。太平洋戦争も末期に近付くと業績も下降、1943年(昭和18年)に金の生産が中止、翌1944年には銅の生産も中止となり、やがて終戦を迎えると鉱山は一時閉山となった。終戦後、中華民国統治下で一時的に活気を取り戻すが、鉱脈は次第に尽き、1985年に廃鉱となった。(Wikipedia要約)

ここから下に見えるのは十三層遺跡(金瓜石十三層遺址)







途中、聞きなれない野鳥の声が気になっていたのだけれど、多少なりとも写真に収められたのはこれだけ。どうもシロガシラのようだ。ヒヨドリの仲間だけれどもっと複雑な囀りをして、日本では南西諸島にのみ生息するらしい。確かにギョーギョーと喧しい声ながら、ヒヨドリと違って歌らしい歌になっていた。











ここは黄金瀑布という観光名所になっている。



バス停に猫。





このアングルの写真がよく紹介されているが、壮観である。



これは普通のムクドリだと思うけれど。


この調子で海のところまで戻ってきた。最高である。

ちなみにこの海がなかなか荒々しくてカッコよかった。

それは良いのだけれど、海際まで戻ってきてからの交通手段がよくわからない。金瓜石鉱山博物館の方に向かって見学しても良かったのだけれど、お腹が減っていたのでもう少し何か食べられそうなところに移動しよう、ということで、九份行きのバスに乗ることにした。
これがなかなか来ないため、炎天下で随分待った。
駐車場をウロウロしている三本足の野良犬がいて、わたしたちと犬で日陰を求めてただひたすらボーッとしていた。


台湾1/6:金瓜石鉱山、十三層遺跡(金瓜石十三層遺址)
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